円周率は3で習った。

ゆとり世代のトレーナーがちょっと考えたり、どうでもいいことを書くブログ。

ドーピングが認められたら世界はどう変わるのか。

毎年アスリートのドーピングは問題視されていますが、そもそも何が問題なのでしょうか。僕の妄想も含め考えていきたいと思います。

 

ドーピングに関するニュース

1月11日禁止表国際基準更新

www.asahi.com

今年2017年の禁止表国際基準の更新では禁止薬物に「ヒゲナミン」が追加されました。この「ヒゲナミン」は南天にも含まれることから南天を含まない商品に関するデマが流れたりと話題になりました。

 

このように次々と禁止表国際基準は更新されるため、知らず知らずのうちにドーピングをしており、検査で陽性になってしまう選手もいます。

 

禁止薬物を気づかず使用で処分

www.huffingtonpost.jp

昨年2016年の更新時には「メルドニウム」が禁止薬物に追加されましたが、それを知らずに使用していた女子テニスのマリア・シャラポワ選手(ロシア)が期限付きの資格停止処分を受けています。

 

妥当な処分かどうかはわかりませんが、シャラポワ選手の年齢から見ても厳しい処分のように思います。

 

1月25日北京五輪ジャマイカリレー金メダル剥奪

www.sankei.com

これは2008年北京五輪で、ジャマイカの陸上男子400メートルリレーメンバーだったネスタ・カーター選手が、ドーピング再検査で禁止薬物に陽性反応を示して失格となり、この結果ジャマイカの金メダルは剥奪され銅メダルを獲得した日本が銀メダルに繰り上がることになりました。

 

結果的に日本選手は銀メダルになるわけですが、実際「物理的にメダルが欲しい」わけではなく、「オリンピックの舞台でもらえるメダル」に価値があるわけで…。

当時より技術が進んでドーピングが発見されることは、いいことなのかもしれませんが、非常に今さら感を感じてしまうニュースでした。

 

ドーピングをしてはいけないわけ

 

そもそもドーピングの何がいけないのでしょうか。禁止表国際基準にある薬物は覚せい剤などの危険薬物とは違い、日常的に口にするものも指定されています。

 

一応トレーナーという立場上、ドーピングをしてはいけないという明確な理由を考えるため、日本アンチ・ドーピング機構 | Japan Anti-Doping Agency (JADA)のサイトを覗いたところ、3分でわかる!アンチ・ドーピングとは?|PLAY TRUE|JADAのページにこんな記述がありました。

ドーピングはフェアプレーに反する行為 スポーツへの情熱を持ち、スポーツを愛するすべての人への裏切です

ドーピングはフェアプレーの精神に反するとして、全世界、スポーツ界全体で禁止されています。また、ドーピングをすることでアスリート自身の社会的信用を失うだけではなく、スポーツ全体の価値を損なうことにもなります。観客は、アスリートが正々堂々と競い合っている姿に感動を覚えるもの。一人のアスリートの過ちで、その期待と信頼を裏切ることになりかねないのです。

 

非常に分かりやすい内容ですが、全く腑に落ちません…。というか、選手自身の身体に対する配慮の文が一切ないんですね。揚げ足を取っているようですし、3分でわかる必要があるためだとは思いますが、アスリートをサポートしている人間としては非常に驚きました。

 

しかし、明確には「全世界で禁止されている」からということのようです。

 

もちろん「ルールだから」というのは納得できますが、この文章だけを見ると結局のところは感情論なのかな?と思ってしまいます。

 

 

ここまでドーピングに関するニュースや日本アンチ・ドーピング機構のサイトを紹介しましたが、ここからは僕の個人的な考察です。

 

 

もし世界全体でドーピングが許されたら

 

ここまでルールとしても倫理的にも許されていないドーピングが、世界的に許されたらどうなるのでしょうか。大切な人を裏切りたくない一心でドーピングは一切しないのか。大切な人を守るためにドーピングをして戦い続けるのか。

 

 

世界はどう変わっていくのでしょうか。

 

 

まずは観客となる私たちは何を求めているのか?

私たち観客は

アスリートが正々堂々と競い合っている姿に感動を覚えるもの。

 

 ということですが、世界全体でドーピングが解禁された場合、ルールに反していないため、正々堂々競い合うことになります。

 

そうなると「正々堂々と競い合う」以外に重要なことはなんでしょうか?

 

競技を見ていて面白いと感じる要素の一つは「選手同士の実力差がない」ことだと思います。サッカーの試合で前半の得点が10−0の試合をハラハラドキドキしながら後半見ますか?見ませんよね…。

 

もし選手の実力に大きな差がなければいいのであれば、僕たち観客からすれば【全員がドーピングをしていない】か【全員がドーピングしている】かは全く同じことなので、どちらにしても実力差の拮抗したいい試合を見ることができます。

 

次にアスリート本人はどうでしょう。

 

アスリートはどんな選択をするのか?

世界全体でドーピングが認められたとき、アスリートは薬物に手を出すのでしょうか。あくまで僕個人の意見ですが、薬物の使用が認められれば、最終的には9割以上の選手が薬物を使用するようになると思います。

 

健康を害する危険性がある薬物をなぜ使用するのでしょうか。

理由は単純です。

 

それは、「ただ勝ちたいから」です。

 

アスリートの目的は競技人生以降も健康に過ごせる体を保つことでなく、勝つことです。トレーナーの私としてはもちろん選手のセカンドキャリアも想像してしまいますが、選手個人としては自分の競技で日本一や世界一になるためのすべてのことを行っているのです。

このことからも、すべてのアスリートに薬物の使用が許可されたら、薬物が勝つための要素になってしまいます。

 

ドーピングが認められてもドーピングする選手とドーピングしない選手が出ると思います。ただこの状況も短期間で終わり、薬物を使用した選手としない選手では競技力に差ができ、薬物を使用していない選手は勝てなくなる。倫理的に納得できない選手は淘汰されてしまい。勝てる選手だけ残る…。

 

 

トレーナーの僕としては非常に心が痛い状況です。

 

 

しかし、ボディビルの世界ではドーピングチェックを行う団体と個人のモラルに任せる団体などが存在します。

世界全体がドーピングを認めることはないのかもしれませんがこのように実質的に認める競技が出てきてもおかしくありません。

 

もっと言ってしまえば薬物などの後天的なドーピングだけでなく、ゲノム編集(遺伝子を書き換える)も可能と言われる現代です。ゲノム編集によって子供の身長や筋肉量などを編集し、スポーツ界のパーフェクトヒューマンを作れてしまい人間が100mを8秒で走る時代になるかもしれません。

 

この技術に対して違和感や嫌悪感を感じるのは自然なことです。

 

しかし、美容整形においても一般的に行われるようになる前は、違和感のある行為だったと思いますが、現在は整形を公表し、プチ整形なんていう言葉も一般化しています。整形手術などの医療技術を使って綺麗になった人の大会まで行われています。

 

 

人の倫理観は時代によって変化するものです。

 

 

数十年後にオリンピックとは別にゲノム編集されたアスリートが出場するスーパーオリンピックが行われても不思議ではないのです。

 

 

まとめ

ここまで薬物やドーピングについて書いてきましたが、すべての選手がこうなる訳でも薬物を推奨している訳でもなく、ドーピングは行ってはいけない行為であるのは間違いありません。選手のセカンドキャリアを考えても避けるべき選択です。誤解を生む発言があれば申し訳なく思います。

 

最後に僕個人が考えるドーピングをしてはいけない理由は

「倫理的に競技力を一定に保つために必要なルールだから」なのかなと思います。

 

 

禁止薬物やドーピングについて注意点も含めて書かれています。

日本アンチ・ドーピング機構 | Japan Anti-Doping Agency (JADA)