スポーツ漫画を生理学で読む。

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スポーツを題材とした漫画などで、ときどき見かける学術的っぽい解説や面白トレーニング。

漫画の世界に根拠を求めること自体間違っていますが、今回は僕が読んだことのある数少ない作品から体やトレーニングに関する気になるシーンの一部を切り取り、考えていきたいと思います。

 

※部分的に切り出しているため、前後の文脈などは含みません。また、作品自体は解説のきっかけに過ぎず否定はしておりません。

 

『はじめの一歩』パンチの源は...

はじめの一歩(1) (講談社コミックス)

はじめの一歩(1) (講談社コミックス)

 

ボクシング漫画の代名詞でもある『はじめの一歩』。

その作中、パンチ力を語るシーンでこんな解説がされていました。

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「広背筋といえばパンチ力の源だ!」

このセリフも実際のパンチ動作から見ると、ちょっと疑問が残ります。

 

広背筋はパンチ力の源なのか?

そもそも、この広背筋ってあまり馴染みのない筋肉だと思います。よく背筋と言われるのは、脊柱起立筋という筋肉をさされることが多いです。

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この左の図が広背筋で、左の図が脊柱起立筋です。

この広背筋という筋肉は主に「腕を後方に引く」ときに機能します。そのため、広背筋はパンチの動作とは真逆の動作で使われる筋肉で、パンチを打つ際は当然使われません。

 

・広背筋の機能 → 腕を後方に引く

・パンチを打つ動作 → 腕を前方に押し出す

 

パンチ動作に大きく関わる「腕を前方に押し出す」筋肉は、大胸筋、上腕三頭筋三角筋前部などがあり、これらの筋肉が腕を前方に押し出す筋肉で、これらの筋肉(上半身の筋では)がパンチを打つために必要な『パンチの源』と言えます。


パンチ動作で広背筋はブレーキをかけている

パンチを打つ動作と反対の作用を持つ広背筋ですが、パンチを得意とする選手は、広背筋が発達している選手が多いようなのです。もちろん、これまでの解説したように腕を後方へ引く広背筋は、腕を前方へ押し出すパンチ動作には当然使われません。

パンチ動作における広背筋は、パンチを打った腕を止めるブレーキとして働いているのです。

パンチで勢いよく前方に押し出された腕が抜けないように、運動量にブレーキをかけて肩関節を広背筋が守ってくれていると考えられます。このとき広背筋がいなければ、腕の前方への運動量をほぼすべて肩関節で受け止めることになるため、関節にかかる負担が大きくなってしまいます。

また、パンチを打った後、素早く腕を引いてガードするためにも使われているでしょう。

この”ブレーキ”として筋肉が働く、伸ばされながら力を発揮する伸張性収縮(エキセントリック収縮)は筋損傷を起こしやすいので、筋肉には大きなダメージが残ります。

パンチ練習の後、背中に猛烈な筋肉痛や疲労が残るのはこのためです。

この伸張性収縮による筋損傷は筋肥大の刺激の1つなので、パンチ動作は軽い筋トレになっており、パンチの強い選手ほど無意識に背中の筋肉が発達していきます。

 

「背中の筋肉はパンチの源だ!」の迷信はなぜ生まれたの?

この迷信が生まれたのは、ブレーキの役割を担っている広背筋がパンチ練習後に猛烈な筋肉痛になることやパンチの強い選手が背中の筋肉が発達していることで背中の筋肉がパンチの源だといわれてきたのでしょう。

確かにパンチ動作を繰り返すと広背筋は大きくなりますが、背中の筋肉がパンチ力を生み出す筋肉というわけではないので「背中を鍛えればパンチ力が強くなる」という理論は間違いです。

また、筋肉痛になっている部位が必ずしも、その動作を生み出している筋肉(アクセルマッスル)とは限りません。実際、パンチが強い選手はアクセルマッスルである大胸筋が大きいケースが多いです。

パンチ動作のような上肢をスイングさせる動作では、7割以上が下肢の力を使うため動作と筋トレは必ずセットで考える必要があり「パンチ力を強くするために背中を鍛える」ことはあまり有益な方法とはいえません。

 

格闘技における体の使われ方に興味がある方はこの本をぜひ!

強くなる近道 力学でひもとく格闘技

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フットボールネーション』インナーマッスルは神秘的?

学生時代の友人宅で読んだこの『フットボールネーション』という漫画。

この漫画の特徴はストーリー展開の中に身体に関する”学術っぽい解説”があり、その解説に、かなり疑問が残るものが多いというところ。

今回は作中に出てくる「インナーマッスル」について考えてみたいと思います。

 『フットボールネーション』の作中、インナーマッスルについて、こんな解説がされています。

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インナーマッスルが優位な身体はしなやかで強靭ですが、アウターマッスルが優位な身体は硬くて脆い。(写真左)

彼ら(トップリーグの選手)はインナーマッスルを使っているということ。そして、筋トレでつけられる筋肉はアウターマッスルで、全くの別物だってことでした。(写真右)

 

インナーマッスル”と”アウターマッスル”という言葉は聞いたことのある方も多いと思いまが、この作品中では同じ言葉でもちょっと位置付けが違うようなのです。

通常、インナーマッスルとアウターマッスルは、”深層筋”(インナーマッスル)と”浅層筋”(アウターマッスル)とよばれ、筋肉の位置で分類されています。

しかし、この作品中においては、浅層筋もインナーマッスルとして紹介されており、まったく規則性がなく、一般的な解釈とは異なっています。

 

このインナーマッスルに関しては「筋トレでつけたアウターマッスルは使えない」「インナーマッスルは軽負荷でなければ鍛えられない」などなど、かなり都市伝説的な話が多いワードです。

 

インナーマッスルとアウターマッスルの違いは?

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インナーマッスルが優位な身体はしなやかで強靭ですが、アウターマッスルが優位な身体は硬くて脆い。

信じられないことに、このセリフはスポーツ現場でもよく言われがちです。

神秘的に表現されがちなインナーマッスルですが、アウターマッスルとの違いは、ほぼありません。

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筋肉は1㎠(横断面積)あたり5〜6kgほどの力を発揮できます。

これは性別や人種で変わることはなく、一般の僕たちもアスリートも1㎠あたりの筋肉が出せる力は同じです。

インナーマッスルとアウターマッスルも同様です。「インナーマッスルだから強靭」なんてことはありません。

もし、インナーマッスルとアウターマッスルの違いをあげるとすれば筋肉の役割・機能です。

インナーマッスルは、自由度が高い関節(肩関節、股関節、脊柱関節)の回転軸の近くに付着する筋肉があり、これらの筋肉は関節の回転軸の安定性を担っています。

アウターマッスルは関節軸から離れたところに付着している筋肉が多いため、関節の回転軸の安定性に関わる機能は、インナーマッスルの特徴と言えるでしょう。

 

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彼ら(トップリーグの選手)はインナーマッスルを使っているということ。そして、筋トレでつけられる筋肉はアウターマッスルで、全くの別物だってことでした。

しかし、どれだけ能力の高い一流選手でも、このセリフのようにインナーマッスルとアウターマッスルを使い分けることは不可能です。どちらかの筋肉だけ活動することはなく、あくまでも関節を動かす作用が強いのはアウターマッスルです。

確かに、関節の安定性を担っているインナーマッスルも大事ですが、それ以上でもそれ以下でもありません。

 

インナーマッスルとアウターマッスルに質の違いなど存在しないのです。

 

インナーマッスルは筋トレではつけられない?

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 彼ら(トップリーグの選手)はインナーマッスルを使っているということ。そして、筋トレでつけられる筋肉はアウターマッスルで、全くの別物だってことでした。

もちろん、筋トレでアウターマッスルも鍛えられますが、同じようにインナーマッスルも鍛えることが可能です。

インナーマッスルは軽負荷でなければ鍛えられない」とも言われますが、アウターマッスルと同様。負荷を上げるほど、筋肉の活動は高まります。※1

軽い負荷でインナーマッスルを動かすと血液循環が促進され、肩などの関節が楽になるため、コンディショニングとしての効果は期待できます。

また、”インナーマッスル 筋トレ”で検索すると、体幹トレーニングのようなバランストレーニングが多く紹介されています。

先ほど、「インナーマッスルは関節軸の安定性を担っている」という話をしましたが、体幹トレーニングやバランストレーニングで体がぶれなくなったことと、インナーマッスルの回転軸の安定はまったく別物です。

インナーマッスルを使えるようにする」みたいな表現をされることがありますが、インナーマッスルは日常的に活動し続けているため、とても活動時間が長い筋肉なんです。普段、意識していないだけで今こうして文章を読んでいる間も姿勢を正すために活動し続けてくれています。

 

通常のウエイトトレーニング時にもインナーマッスルは使われているので、インナーマッスルだけ特殊なトレーニングをする必要はないのです。

 

 

ワンパンマン』高回数トレーニングでヒーローに!?

この『ワンパンマン』はスポーツ漫画ではないのですが、印象的だったので紹介します。この漫画の主人公は、強すぎるヒーロー“サイタマ”。タイトル通り、どんな凶悪な怪人もワンパンチで倒してしまうという単純明快なストーリーが魅力の漫画です。

2015年にはアニメ化もされました。(TVアニメ『ワンパンマン』PV第1弾 - YouTube

そんなヒーローのサイタマは強くなるために3年間こんなトレーニングをしていました。

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腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、そしてランニング10km、これを毎日やる!!!

これを3年間毎日続けることで主人公のようになれるかと言われれば、難しいというか不可能でしょう。

ここでは”サイタマ”が行った高回数のトレーニングについて考えてみます。

 

低負荷+高回数のトレーニングは非効率!

ダイエットをしたい方(とくに女性)と話していて「筋肉がつきすぎないように軽い負荷で高回数の筋トレをしたい」という要望を受けることがあります。

この軽い負荷で高回数の筋トレもしっかりと追い込めばかなり筋肉が大きくなるのですが、適切な負荷でしっかり効果のある筋トレをした方が圧倒的に効率がいいのは間違いありません。※2

仮に真剣に筋トレを行ってもそんなに簡単に筋肉が大きくなったりはしません。

もし「最近筋トレを始めたら腕が太くなってきがする...」という方がいるなら、筋トレ直後で水分が腕に集まっているときにそう感じたか、単純に脂肪でしょう。

筋肉が大きくなることが心配であれば、効率の良いまっとうなトレーニング方法を少しだけ行う方が、時間をかけず賢く目標を達成できるでしょう。

もし、”サイタマ”が漸進性過負荷の原則を理解し、トレーニングをしていたらもっと早く強くなっていたかもしれません。

 

筋肉を大きくしたくないなら「効果がでにくい方法を一生懸命行う」より「効果の出やすい筋トレを少しだけ行う」方をオススメします。

 

 

スラムダンク』電車の中でも空気イス!?

バスケットボール漫画と言えば『スラムダンク』。

スポーツ漫画でありがちな行き過ぎた特殊能力がなく、僕も大好きな作品です。

スラムダンク (1) (ジャンプ・コミックス)

スラムダンク (1) (ジャンプ・コミックス)

 

スラムダンクの作中、電車の中でこんなトレーニングシーンがありました。

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足腰の鍛錬だ(空気イス)

この電車の中で空気イスをしているシーン、漫画の中だけに限らず割とこのようなトレーニングを行っているチームも多いように思います。

このトレーニングは実際、足腰の鍛錬に効果的なのでしょうか。

 

空気イスのトレーニング効果はあるの?

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空気イスはこの姿勢を保ち続けるトレーニング(壁に背中をつけるものもある)で、筋収縮のタイプからアイソメトリックトレーニングに分類されます。

このアイソメトリック(等尺性収縮)という筋収縮は「アイソ=等しい」「メトリック=長さ」という意味で、動作は起きないが筋肉は力を出し続けている状態のことです。(実際、大きな動きは見られなくても多少は筋収縮しているため、完璧なアイソメトリックはありえない)

スラムダンクの作中に書かれているようにこのトレーニングのメリットはどこでもできるという点。ダンベルなどの器具を必要としないため、ジムに行かなくてもトレーニングすることができます。

一見地味なトレーニングですが、最大筋力に近い筋力を6〜7秒ほど持続的に発揮できれば筋力は高まります。ただ、これを完璧に行うのは非常に難しく、最大筋力の持続時間が短いと効果はほとんど出ません。(自重の空気イスはとくに難しい)

通常のバーベルやダンベル、マシンを使ったトレーニングに比べ、筋肉のエネルギー消費が少なく、筋肥大を起こすために必要な物質があまり作られないため、トレーニング効果は低くなってしまいます。

また、関節の角度によってトレーニング部位が変わってしまう点もデメリットの1つと言えます。※3

作中では電車内ということで、不安定な状況下で姿勢を保つという要素もありますが、バスケットボールにおいて、バランストレーニングの優先度は低いでしょう。

高齢の方や運動の習慣がない方が自宅で運動する際は、手軽に行えるいいトレーニングかもしれませんが、血圧が上がりやすいため種目の選定を行う必要があります。

 

学生アスリート(高校生以上)の場合、アイソメトリックトレーニングより通常のフリーウエイトやマシントレーニング、器具がない場合、自重でのスクワット、スロートレーニングなど大きな筋収縮が起きる種目が効果的です。

 

 

まとめ

今回、4つの漫画から気になるシーンの一部を切り出して解説しました。

ここまで書いてみて思うのは、漫画に限らず、作品を楽しむ上では、学術的なフィルターは邪魔になるということ。

作品に対して「なんでこの解説なんだろう....」と余計なストレスを感じながら読む必要はありませんが、実際のトレーニングに落とし込む際には、ぜひ一度立ち止まって考えてから、取り入れてもらいたいと思います。