最後の一文で子どもに戻された「ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。」幡野広志

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僕がこの本を知ったのは、ぼーっと見ていたfacebookの投稿でした。(著者と同じく写真家の方)普段、表紙買いはせず、調べてから購入することが多いのですが、この本のタイトルに一目惚れし、とくに内容も調べず、そのまま購入。

 

その本が「ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。」

── 親でもなく、結婚する予定すらない僕が、なぜこんなにもタイトルに惹かれたのか。

 

今回は、この本を紹介していきたいと思います。

ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。

ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。

 

 

著者は35歳、写真家、猟師の幡野広志さん。多発性骨髄腫(ガン)を患い、余命3年と宣告されています。父親として息子に伝えたいことを、残すために始めたブログがきっかけで、取材が増え、Twitterには悩み相談が届くようになり「息子のための言葉が、悩みを抱える人にも役立ってくれたら嬉しい」という思いから、この本が作られている。

 

つまり著者が、いつか読むことになるかもしれない息子に送った本なのです。その裏には、息子が成長して、この言葉が必要になったとき、お父さん(著者)は一緒にいられないかもしれない、ということも前提に書かれています。

 

 

言葉には少し距離がある方が、届きやすい性質があるのかもしれない。

それならば、息子のための言葉は、手紙よりちょっと距離がある方がいい。

(P8-9「はじめに」)

と書かれているように、見た目こそ、本の形をしていますが、内容は父が息子に宛てて書いた手紙、そのものです。

 

この本は「優しさ」「孤独と友達」「仕事とお金」「生と死」の大きく4つの内容に分けて構成されています。この4つの中から、印象的だった言葉を1つずつ紹介しながら進めていきます。

 

 

優しさ:ガン宣告されて痛感した「優しい虐待」

対照的なこの言葉で、優しさを語るのはなんとも不思議な感じがしますが、この「優しい虐待」について、幡野さんは本の中で、こう結論付けています。

 

末期ガンであることがまわりに知れるにつれ、僕にはたくさんの「優しい手」がさしのべられた。

「とにかく安静に。最新最善の治療をして、1日でも長く生きて欲しい」 

心配してくれる気持ちはよくわかるけど、ベッドで天井を見つめなながら毎日を過ごして寿命を延ばすことを僕は望んでいない。

 

「この治療法を試したらどうか」「このサプリが効くらしいよ」

知人、友人からの「優しい手」は善意であることがわかるだけに始末が悪い。

 

僕が出した結論は、根拠なきアドバイスは「優しい虐待」であるということだった。

(P26.28「優しい虐待」)

 

良かれと思って根拠のないアドバイスをついしてしまうこともあります。しかし、ガンに限らず、希望を与えるつもりが、絶望を与えてしまうのも理解できます。

僕自身、昨年、家族がガンになった。初期中の初期で術後は定期検診だけで、何も問題なく暮らせているが、末期と知ったらどうなるか。知り合いの医師を周って意見を求めてしまうかもしれないし、根拠のない成功談を鵜呑みにしてしまうかもしれない。

やはり、できるだけ長く生きて欲しいと思うでしょう。

それも繙いてみれば、家族が死ぬことで「僕が悲しみたくない」という利己的な感情なのかもしれません。

 

孤独と友達:理不尽な言葉「友だち100人」の呪い

「1年生になったら」の歌詞を引用して始まるこの話では、友だちの数とあり方を伝えてくれています。

 

友だちの数を重要視しなくていいと僕は思う。

中学、高校のとき毎日会っていた友だちとは、今ではまったく会っていないし、写真学校の友人にも、ほぼ会わない。自分が成長したり何かを発信することで、そのときそのときに新しい友だちや人脈ができている。つまり、友だちというのは移り変わっていくものなのだ。

 

そして大前提として、孤独を恐れない人であってほしい。

(P68「友だち100人の呪い」)

 

学校などの小さなコミュニティーだけに所属していると「みんなと仲良くするべきなんだ」と麻痺してきますが、学生を終えてみると、友達って本当にグラデーションで変化していて、入れ替わっていくんですよね。

友達が多い人と少ない人の差は、コップに入った水を見て「半分しか入っていない」と思うか「まだ、半分も入っている」と思うか、の違い程度の差しかない気もします。── こういう言葉を受けて、みんなに合わせないといけない、というプレッシャーを感じることなく育ちたかったものです。

 

仕事とお金:夢に近づく基本「必要なことと障害」

写真家という好きなことを仕事にしてきた幡野さんだからこそ、伝えたい思いや大人になるまでのレールも少し見えてくる、この章は今の僕にも広く響きました。

 

「努力すれば夢は叶う」というのは嘘だ。運も必要だし、努力だけではどうにもならないこともある。どうしても無理なら、見切りをつけてやめたっていい。

それでも息子には、チァレンジする前にやめるとことはしないでほしい。

僕は「こんなことをしたい」と言う人の話を聞くたび、「うん、君には必ずできるよ」と答えるようにしている。何の根拠もない「無理だ」という言葉に押しつぶされないように、力になりたいから。どうせ根拠がないなら、あきらめよりも自身を持った方がいい。

いつも自分の夢に笑いかけたほうがいい。

(P135「必要なことと障害」)

 

この引用した言葉の前に、写真を仕事にするまでの実体験も書かれています。「夢は必ず叶う!」と信じることも美しいことだと思いますが、個人的には、この正直過ぎる言葉がとても好きです。現実的なことを突きつけながらも、逃げ道のある言葉が幡野さんの特徴のようにも思います。

僕と同世代くらいの方は、一番引き込まれる章かもしれません。

 

生と死:子育ての最大の目的「ベトナムと命のあかるさ」

ここでは自分と他者、動物の命との関わり方、幸せについて。父とガン患者、二つの視点から書かれています。その中で印象的だったのが、旅好きの幡野さんがベトナムで感じた、日本とベトナムの”家族”について。

 

学校なんか信用しなくていいし、嫌な友だちとはつきあわないほうがいい。勉強ができなくても、好き嫌いがあっても、子どもが死ぬよりはるかにいい。

「子育てって何だろう」ということを、僕はつねづね考えているけれど、最大の目的は子どもが死なないようにすることだ。

今日も息子は死なずに生きていて、僕はそれを写真に撮ることができる。

息子の命のあかるさが、僕の命を明るくしている。

(P189「ベトナムと命のあかるさ」)

 

日本人は単位を家族ではなく、個人にしてしまっていると感じた幡野さんは、理屈抜きに家族を大切にしよう、と旅を通じて感じ、引用した言葉につながっていきます。

僕は、結婚することで「好きな人と一緒にいられる」という大きなメリットよりも「知らない家族が増える」ということにストレスを感じてしまう。

こんな僕は、完全に単位は個人になっている気がしています。

 

最後の一文で僕は子供に戻された。

この本は「自慢のお父さん」という話でまとめられています。この最後の一文で僕は子どもの戻されました。

 

優が何を選ぼうと、お父さんは優の答えを受け入れて、ずっと背中を押してあげる。

(P201「自慢のお父さん」)

 

これまで「僕」が主語になっていましたが、ここでは「お父さん」に変わり、「息子」も「優」と名前に変わっている。手紙よりちょっと距離をおいて書かれた本書ですが、この一文に関しては間違いなく、一人の息子に向けて書かれています。── この変化が印象的だっただけではありません。

僕もこの言葉を父に言われたかった。と......

15歳で上京し、仲が悪いわけでもなかったけど、それから父とは会えていない。そんな父の言葉で覚えているのは、8歳くらいの僕が小さないじめにあっていて、それを父に相談したときのこと。

 

「いじめてくるような人に、時間を奪われるな。」

 

父の言葉は基本的に説明がない。確かに、今思えば正論です。この本を手に取ったのも、家族に対する理想が高いのだと思います。もし今後、結婚して、子どもが生まれたら、僕もぼくがほしかった親になりたいのです。

少し前に、この一文は一人の息子に向けて書かれています、と書きましたが、会ったこともない、幡野さんの言葉で、僕は勝手に背中を押された気がしています。

 

まとめ

子どもに送る言葉、というと明るく前向きなことばかりを書いて「人生はこんなに美しい」と凹凸のない言葉で、都合のいい虚像を押し付けるイメージでしたが、この本は違っていました。著者の人生を振り返りながら、その経験をもとに書かれているので、ネガティブな体験も書かれています。

それらの体験とつながり合う、浸透力の高い言葉の数々は、立場や年代問わず読んで欲しい本です。

しかし、読後、身内には紹介できないとも思った。

子育てに正解はない、と言われるが、僕がこの本を紹介したら「こんな親がほしかった」と、必要のない答え合わせをさせてしまう気がするので。

 

いつもは読んだ本を、すぐ売ってしまう僕ですが、この本は手元に置いておこうと思います。

気になる方、ぜひ手に取ってみてください。

著者のSNSなどはこちらへ:幡野広志|note , 幡野 広志 (@hatanohiroshi) | Twitter

ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。

ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。